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釧路地方裁判所 昭和35年(行)3号 判決

原告 古沢正利 外一名

被告 国・中川郡本別町農業委員会 外一名

主文

原告らの被告中川郡本別町農業委員会に対する訴を却下する。

原告らのその余の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告らの負担とする。

事実

第一、当事者双方の申立

一、原告らの申立

被告中川郡本別町農業委員会が、昭和二六年二月一四日、別紙目録記載の土地(当時の土地の表示・(イ)中川郡本別町大字本別村字ビリベツ西三線八八番地の二、原野三反三畝一〇歩(ロ)同所同番地の三、畑一町八反六畝二〇歩)につき定めた農地買収計画は原告らと同委員会との関係において無効であることを確認する。

被告国は、原告らに対し、別紙目録記載の土地について、釧路地方法務局本別出張所昭和二六年一二月四日受付第四七七号の所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。

被告古沢寛美は、原告らに対し、別紙目録記載の土地について、同法務局同出張所昭和三二年一二月三一日受付第九二四号の所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。

訴訟費用は被告らの負担とする。

二、被告らの申立

(1)  被告中川郡本別町農業委員会及び同国の申立

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

(2)  被告寛美の申立

原告らの請求を棄却する。

第二、当事者双方の主張

一、請求の原因

(1)  別紙目録記載の土地(以下本件土地という)は、元訴外古沢義徳の所有するところであつた。同訴外人は昭和二〇年七月一日レイテ島において戦死したので、同訴外人の実父母である原告らが相続により本件土地の所有権を取得した。

(2)  本件土地については、次のような所有権移転登記が順次なされた。

(イ) 釧路地方法務局本別出張所昭和二六年一二月四日受付第四七七号

原因、昭和二六年三月二日自創法三条の規定による買収取得者、農林省

(ロ) 同法務局同出張所昭和二六年一二月四日受付第四八三号

原因、昭和二六年三月二日自創法一六条の規定による売渡。

取得者、古沢アイ子

(ハ) 同法務局同出張所昭和三二年一二月三一日受付第九二四号。

原因、昭和三二年一二月二七日贈与

取得者、古沢寛美

(3)  被告本別町農業委員会(以下被告委員会という)は、昭和二六年二月一四日、本件土地について、登記簿上の所有者である訴外古沢義徳名義でなされた同年一月二九日付農地買収の申出(自作農創設特別措置法―以下自創法という―三条五項七号)に基き同訴外人を被買収者とする買収計画を樹立した。

(4)  訴外古沢義徳は、(1)記載のとおり死亡したものである。したがつて、被告委員会の樹立した(3)記載の買収計画は、同訴外人の申出に基くものとはいえず、死者を被買収者としたものであるから無効である。

(5)  (2)の(イ)記載の所有権移転登記は、所有権移転の原因である買収処分が、次に述べる理由から無効であり、被告国が本件土地の所有権を取得したものとはいえないから、無効たるを免れず、したがつて、被告寛美も、また、本件土地の所有権を取得するに由なく、(2)の(ハ)記載の所有権移転登記も無効である。

(イ) 本件土地について定められた買収計画は(4)記載のとおり無効であるから、この買収計画に基く買収処分も無効である。

(ロ) 本件土地の買収については、買収令書の発行・交付がなかつた。したがつて、この買収処分は無効である。

(6)  よつて、原告らは、被告委員会との関係において、(3)記載の買収計画の無効確認を求め(本件土地の所有関係の確認を求める趣旨ではない)、被告国に対しては(2)の(イ)記載の登記の抹消登記手続を、被告寛美に対しては(2)の(ハ)記載の登記の抹消登記手続をそれぞれ求める。

二、請求原因に対する被告らの答弁及び主張

(1)  請求原因(1)のうち、本件土地が元訴外古沢義徳の所有に属していたこと、同訴外人が原告ら主張のとおり死亡したこと、原告らが同訴外人の実父母であることを認め、その余の事実を否認する。すなわち、同訴外人は後記のとおり被告寛美に本件土地を贈与したのであるから、原告らが相続により本件土地の所有権を取得するいわれはない。(2)(3)の各事実を認める。同(4)のうち、訴外古沢義徳が死亡したことを認め、その余の主張を争う。同(5)のうち、買収令書不交付の点を否認し、その余の主張を争う。

(2)  本件土地の買収計画ないしは買収処分に、死者である訴外古沢義徳を被買収者とした瑕疵があつても、これらの処分は無効ではない。

(イ) 右瑕疵は明白なものではない。すなわち、

被告委員会ないしは北海道知事は、当時、訴外古沢義徳がすでに死亡していたことを知らず、また、本件土地の真の所有権者が被告寛美ないしは原告らであるということも知らなかつた。そのうえ、本件土地の買収申出書には、所有権者として古沢義徳が表示されていたのであり、登記簿上も同訴外人が所有権者として表示されていた。このような事実関係からみれば、右瑕疵はとうてい明白なものとはいえない。

(ロ) 右瑕疵は重大なものではない。すなわち

本件土地の買収申出は、真実の所有権者がなしたものかまたは、真実の所有権者の意思に基いてなされたものである。すなわち、右買収申出は、被告寛美がなしたものであるが、同被告は、昭和一五年一一月、本件土地を、当時の所有権者訴外古沢義徳から贈与を受けてその所有権を取得した。右贈与の事実がなく、原告らが、その主張のとおり相続により本件土地の所有権を取得したとしても、被告寛美のした買収申出は、なお、原告らの意思に基くものである。すなわち、昭和二五年九月頃、本件土地の近隣に位置する国有未開発地約四町歩が附近の農民に払い下げられることになつた。原告らの二女古沢アイ子の夫古沢京一は右土地の買受方を出願した。他にも数名のものが出願していた。当時同訴外人は、農地を所有していず、独立の農業経営者でもなかつた。同訴外人が右土地の払い下げを受けるには、独立の自作農たる外観をそなえておく必要があつた。このような事情から、原告らは、被告寛美、訴外古沢アイ子夫妻と協議のうえ本件土地の所有権を、自創法による買収・売渡の手続を利用して、訴外古沢アイ子に移転することにした。被告寛美は、原告らの右意図にしたがい本件土地の買収申出をしたのである。

右のような事実関係からみれば、前記瑕疵はとうてい重大なものとはいえない。

(ハ) (ロ)に記載したとおり、原告らは自ら死者である訴外古沢義徳名義で買収申出をしたのである。このような申出をしておきながら、後になつて、右瑕疵を理由に無効を主張することは、信義則上許されない。

(3)  本件土地の買収につき、買収令書は、正当に発行・交付されており、この点に瑕疵はない。すなわち、北海道知事は昭和二六年三月五日、訴外古沢義徳を被買収者とする買収令書(北海道第一九回第一二〇三七号)を発行し、同月二八日頃、これを被告寛美に交付した。真実の所有権者が原告らであつたとしても、原告らは、その頃、同被告から右令書を受け取つた。少くとも、その頃、原告らは右令書の内容を十分了解していたから、買収令書の交付を受けたものというべきである。

三、被告らの主張に対する原告らの答弁

被告らの主張する事実のうち、本件土地の買収申出が訴外古沢義徳名義でなされたこと、その当時、本件土地の登記簿上の所有名義人が同訴外人となつていたことを認め、その余の事実を否認し、法律上の主張を争う。

第三、証拠〈省略〉

理由

一  被告委員会に対する訴の適否について

職権をもつて考えてみるのに、行政行為の無効確認が請求された場合において、これを当該行政行為に由来する現在の権利または法律関係の確認を対象とするものと解しうることは格別当該行政行為の無効確認そのものを求めることは、一般的には許されないというべきであるが、行政庁において、無効な行政行為をなしその表見的な存在を前提として、その後の手続を進行させるおそれがある場合においては、他に救済手続がない限り、右行政行為が過去になされたものであるとしても、その表見的な効力を除去しなければ、現在における原告の法律上の地位の安定をはかることはできないわけであるから、行政行為自体の無効確認を求めることも許されるものと解することができる。ところで、本件において、原告が被告委員会に対して求めるところは、買収計画そのものの無効確認であることが明らかであり、右買収計画を前提とする買収処分を経過したことも主張自体明らかである以上、前段説示のような特段の事情は存在しないものといわなければならないから、同被告に対する本件訴は、その利益がないので、これを却下する。

二  被告国および被告古沢寛美に対する請求について

(一)  本件土地が元訴外古沢義徳の所有に属していたことは、当事者間に争いがない。

被告らは訴外義徳が昭和一五年一一月ころ本件土地を被告寛美に贈与した旨主張するが成立に争いのない乙二号証の一ないし七および被告本人寛美の供述はたやすく信用し難いし、その他に右事実を認めるに足りる証拠は存在しない。却つて成立に争いのない甲第二号証、第七号証、第九号証、原告古沢正利の供述(後記措信しない部分を除く)および弁論の全趣旨を総合すれば、原告正利は昭和一二年一一月三〇日訴外義徳のため本件土地を買い受けて同訴外人名義に登記したこと当時同訴外人は一七才であり本件土地を取得した事実を知らなかつたこと、昭和一五年一一月当時同訴外人は二〇才であり、被告寛美は一五才であつたことなどの事実を認めることができ、右事実からは、訴外義徳が被告寛美に対し、その主張のような贈与をしたことはないと推認することができる。そして、訴外義徳が昭和二〇年七月一日レイテ島において戦死したこと、原告らが同訴外人の実父母であることは、いずれも当事者間に争いがないところであるから、原告らは同訴外人の相続人として、その死亡のとき、本件土地の所有権を取得したものというべきである。

(二)  本件土地については、原告らの主張するような所有権移転登記がなされていることは当事者間に争いがない。よつて、以下、請求原因(2)(イ)記載の所有権移転登記の原因となつた自創法三条の規定による買収処分の効力について判断する。

(1)  原告らは、本件土地の買収計画には死者を名宛人とした瑕疵があり買収処分は無効であると主張するので、まずこの点について考察する。

被告委員会が昭和二六年二月一四日、本件土地について登記簿上の所有者である訴外義徳名義でなされた農地買収の申出に基き、同訴外人を被買収者とする買収計画を樹立したことは当事者間に争いがなく、同訴外人が昭和二〇年七月一日死亡したことは前記のとおりである。したがつて本件土地の買収計画には死者を被買収者とした瑕疵があるものというべきである。

しかし証人中野敏博の証言により成立を認めうる乙第三号証、第四号証の四、成立に争いのない乙第一四号証の一、二と被告本人古沢寛美の供述を総合すれば、次のような事実が認められる。すなわち、

昭和二五年秋ころ、本件土地の近隣に位置する国有未開地約四町歩が増反地として附近の農民に払い下げられることとなつたが、競願者が数名あつた。原告らは、被告寛美と相談のうえ、当時独立して営農するに足る農地を保有していなかつた、原告らの実子訴外古沢アイ子夫婦のために同訴外人の夫京一が右増反地の払下げを受け得るよう有利な条件をつくるべく、本件土地の所有名義を訴外アイ子に移して自作農としての体裁を整えさせようと考え、その手段として自創法の申出買収の手続を利用することに決め被告寛美において、原告らの承諾のもとに、売渡処分は古沢アイ子にされたい旨の希望意見を記載した本件土地買収申出書を訴外義徳名義で作成して被告委員会に提出した。被告委員会は右申出に基き、前記のとおり本件土地の買収計画を樹立した。

以上の事実を総合して判断するときは、本件買収計画に存する前記瑕疵は到底重大なものということはできず、右認定に反する原告本人正利の供述部分は前掲各証拠に照らし採用することができないし、その他に右認定を覆えし、前示瑕疵が重大であると認めるに足りる証拠はない。また、本件土地の登記簿上の所有者である訴外義徳の死亡の事実が、本件買収計画ないし買収処分当時において、客観的に明白であつたことについては、具体的主張も立証もない。してみれば、本件における前示瑕疵は、買収計画の無効をもたらすものではないといわなければならない。

(2)  次に原告らは、本件買収処分は、買収令書の発行・交付がないから無効である旨主張するのでこの点について考察する。

成立に争いのない乙第八ないし第一一号証、第一二号証の二と証人加藤孝吉の証言、被告本人寛美の供述を総合すれば、前記のような経過で古沢義徳名義の買収申出がなされた後、被告委員会は買収計画を樹立し、北海道知事は、昭和二六年三月五日本件土地につき被買収者を古沢義徳とする買収令書(北海道第一九回第一二〇三七号)を発行し、同年三月一六日、本別町農地委員会宛同令書を送付し、被買収者への交付を依頼し、同委員会会長は、右依頼に基き、同年三月二八日ころ、同委員会事務局において、同事務局職員加藤孝吉を通じて、被告寛美に同令書を渡したこと、前示認定のような買収申出の経過にかんがみると、原告らは、そのころ、同被告を通じ、同令書の内容を了知しうる状態にあつたことなどの事実が認められ、右認定に反する原告本人正利の供述部分は、前掲各証拠に照らし採用できず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

右のとおり、本件土地の買収処分については、訴外義徳を被買収者とする買収令書が発行され、また、真実の所有者である原告らに交付されたものと解するのが相当であるから、令書の発行、交付がなかつたということはできない。

(三)  以上によつて明らかなように、本件買収処分は無効ということを得ないのであるから、この無効を前提とする原告らの被告国および被告寛美に対する請求はいずれも理由がなく失当として棄却を免れない。

三  よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九三条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 草場良八 川崎義徳 梶本俊明)

(別紙目録省略)

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